院長 高橋 潤二 Junji Takahashi

- 出身地
- ハッカや玉ねぎで有名な北海道北見市です。
- 居住地
- 船橋市湊町に住んでます。それまでは、府中市に20年、仙台市に3年、市川に2年間住んでいました。船橋のお勧めスポット教えてください
- 生年月日
- 1974年2月21日
- 血液型
- O型
- 星座
- うお座
- 干支
- 寅年
- 家族構成
- 妻と息子(8歳)の3人家族です。毎日にぎやかです
- 資格
- ■カイロの4年制大学を卒業してます(学位:カイロプラクティック理学士、応用理学士)■柔道整復師(国家資格) ■足づかみセラピスト ■JTA指導員 などなど
- 趣味
- 食べることです。船橋近郊でおいしいお店がありましたら是非教えてください。
- 好きな言葉
- ・人間万事塞翁が馬
治療家になった背景を教えてください

高校の時に人の役に立つ仕事をしたいと考え、看護師、理学療法士、レントゲン技師になるか悩みました。
いろいろと悩んだ時に「独立開業の道もある柔道整復師の道も良いよ」とすすめられ、仙台の赤門鍼灸柔整専門学校に入学。
入学後は、昼は勉強、夕方からはインターンを接骨院でし、一人前の柔整師になるために毎日いそしんでいました。春は花見、夏はキャンプ、秋は芋煮会、冬はスキーと良く遊び、良く学んだ3年間でした。
柔道整復師として働いたあと、カイロプラクティックの道へ進んだのなぜですか?

柔道整復師として仕事を始めると、接骨院や整形さんでも、骨折や捻挫など急性疾患よりも肩こりや腰痛などの慢性疾患を扱う頻度が多いというのを改めて実感しました。
仕事は楽しかったのですが、急性疾患ではない症状に保険を使ってしまう柔道整復師の業界にどうしてもどうしてもなじめない自分がいました。
「保険の無い仕事をしたい」
「慢性疾患についてキチンと勉強したい」
という想いが抑え切れなくなり、様々な学校の資料を再度取り寄せたりホームページを見たりしていました。
そんな時、父が脳出血で倒れ、パニック障害を発症することになりました。
(父は幸いにも麻痺も出ず、パニック障害の症状も落ち着き元気で暮らしています。)
少しでも父を楽にしたくて施術を行ないましたが、心の中では不安で一杯でした。
何故なら、施術のテクニックは沢山知っていましたが脳出血やパニック障害に悪影響が無いと断言できる施術は非常に少なかったのです。
そこで、学校へ行こうと決意しました。
世界で代替療法を見たときに教育が整っているのはカイロプラクティックで沢山の先生が生き生きとやられているのもみてましたし、昔習った時にもっと勉強したいと思ったのもカイロプラクティックだったので選びました。
折角やるならとことんやろうと考え、31才の時に新橋にあるRMIT大学日本校カイロプラクティック学科(現TCC)に入学しました。






お電話ありがとうございます、
よつ葉カイロプラクティックでございます。